
10歳 天才サッカー少年として脚光を浴び、プロリーグ戦のハーフタイムショーで華麗なリフティングを披露
12歳 リバープレートのオファーを蹴る
13歳 学校を辞めてサッカーに専念
14歳 トップチーム昇格
15歳 史上最年少出場&ゴール
18歳 得点王・アルゼンチンMVP・南米MVP
19歳 ワールドユース制覇・ワールドユースMVP
21歳 FCバルセロナへ移籍。お披露目にはクラブ新記録の5万人が集まる
22歳 コカインを初使用。以後、コカイン中毒に加え、鬱病、ウイルス性肝炎、左膝の怪我等に苦しめられる
23歳 相手選手を顔面膝蹴りで気絶させ3ヶ月の出場停止。クラブ会長の怒りを買い、ナポリへ放出
24歳 史上最高額の移籍金1300万ドルでナポリへ。シーズンチケットは即時完売し7万人のサポーターの前にヘリで登場。マラドーナはこの時まで、ナポリが残留争いの渦中にある弱小クラブと知らなかった
26歳 獅子奮迅の活躍でセリエA制覇、ワールドカップ制覇、ワールドカップMVP、バロンドール獲得。「ナポリの王」「アルゼンチンの英雄」の地位を確固たるものとする。
27歳 セリエA得点王
29歳 2度目のセリエA制覇
30歳 麻薬使用やマフィアとの交流により15ヶ月の出場停止処分を受けナポリを退団。背番号10は永久欠番となる。税金3700万ユーロの滞納も発覚。
32歳 スペイン・セビージャFCに移籍するも、パフォーマンスの低下、私生活や練習態度の悪さを監督に指摘され対立
33歳 途中交代に激怒し、帰国。アルゼンチン・ニューウェルズ・オールドボーイズへ移籍
34歳 練習、試合の不参加を理由に解雇されるも、アルゼンチン代表として10番を背負いワールドカップに出場、得点、ドーピング違反。
別荘に押し掛けた報道陣にエアガンを乱射し数名を負傷させたが、国民や大統領の意向もあり法的処置は回避。15ヶ月の出場停止を受け、期間中に国内クラブの監督に就任
35歳 処分が解けるも、深刻な薬物依存に悩まされスイスに渡り治療
37歳 カムバックを果たすも、3ヶ月後に現役引退。医者から「薬物使用を止めないと死ぬ」と宣告される
40歳 心臓発作を起こすも生還
44歳 薬物依存や不摂生が祟り、ついに危篤状態に。生死の境をさ迷うも生還
47歳 死亡説が流れ、政府が捜索に乗り出す。発見時、病院を抜け出しバーベキューをしていた。度重なる問題行動により病院から追放される
48歳 代表監督就任
49歳 マスコミに「お前らはアレでもしゃぶってろ」と発言し2ヶ月のサッカー活動禁止、罰金200万円の処分を受ける
50歳 ワールドカップベスト8、解任。アルゼンチンの敗退を予言したタコが死んだ際に「お前が死んで嬉しい。ドイツに負けたのはお前のせいだ」とTwitterで呟く。カメラマンの足を車で轢く
51歳 UAE・アルワスルFCの監督就任。年13億5000万円は世界監督年俸ランキング2位
52歳 解任
53歳 パパラッチに蹴りを入れる
54歳 恋人との不仲説を指摘した記者に張り手
55歳 平和祈念チャリティマッチで女性記者に張り手を食らわし、カメラマンに蹴りを入れる
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