- 1:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/08/01(土) 00:21:44.550 ID:R6ig7b8Q0.net
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『 零戦撃墜王 』 岩本徹三
岩本徹三 - tetuzou iwamoto -
1916年6月14日 - 1955年5月20日
大日本帝国海軍戦闘機搭乗員。
樺太出身。
最終階級は海軍中尉。
自ら「虎徹」と称し垂直降下一撃撃墜を特技とした空戦の達人だった。
操縦練習生を卒業後、航空隊勤務を経て、第13航空隊に配属され中支戦線に進出し、昭和12年2月25日の南昌攻撃で初空戦ながら単機にて敵機5機撃墜し、9月に帰国するまでに計14機を撃墜,日華事変のトップ・エースとなった。
昭和16年4月空母「瑞鶴」乗組となり、零戦訓練を受ける。
- 6:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/08/01(土) 00:31:59.658 ID:R6ig7b8Q0.net
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10月新鋭空母「瑞鶴」戦闘機隊に転じハワイ作戦・インド洋・サンゴ海海戦に参加した。
昭和17年8月、大村航空隊教員に転じ本土へ帰還、横空、追浜航空隊勤務を経て昭和18年3月、新編成の第281航空隊付に発令され、
北千島方面の防空任務ののち11月にラバウル派遣隊に加わり、激戦のラバウルに進出、翌年2月末トラック島へ後退するまでの3ヶ月間、第201・204・253航空隊に転じ連日の迎撃戦に健闘し142機を撃墜した。
昭和20年3月、第203航空隊戦闘303飛行場に転属し、南九州防空戦、沖縄航空戦に参加して岩国基地で終戦を迎えた。
総撃墜機数216機、協同撃墜機数26機、地上撃破2機。
戦後、2年間の闘病生活、元気になったらもう一度飛行機に乗りたいと念願したという。
“零戦撃墜王”岩本徹三氏は日華事変から終戦までの回想録を大学ノート3冊にぎっしりと書き残し、昭和30年5月20日逝去。
- 2:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/08/01(土) 00:22:38.152 ID:JQDBQG8K0.net
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徹っちゃんは正味最強だった
- 4:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/08/01(土) 00:23:08.188 ID:6Ly4G2Uk0.net
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14機か
- 3:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/08/01(土) 00:22:41.200 ID:pLenbx7r0.net
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零戦虎徹なら仕方ない
「省略されました。全てを読むにはここを押してください」































































































