1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 01:37:31.05 ID:q/MAnGNM0
こんな時節だからこそ、ウサ晴らしにでも…という事で。

なお、内容的には神功皇后の三韓征伐をはじめとして
文禄・慶長の役と江華島事件メインで参りたく存じます。

【三韓征伐】

三韓征伐 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%9F%93%E5%BE%81%E4%BC%90

勝川春亭:武勇三番続 其一・神功皇后








3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 01:42:58.81 ID:q/MAnGNM0
歌川国安:神巧皇后三漢退治ノ図



タイトルの「三漢」は、どうも誤字っぽいですが、
当時は当て字とか相当いい加減だったので無問題かと。

4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 01:45:51.98 ID:q/MAnGNM0
月岡芳年:大日本史略図会 第十五代・神功皇后



5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 01:50:21.20 ID:q/MAnGNM0
水野年方:日本略史図解 人皇十五代



なお、時代が下りますが白村江の戦いを描いた
作品に関しては、現在のところ未見であります。

7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 01:56:17.73 ID:q/MAnGNM0
【文禄・慶長の役】

文禄・慶長の役 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%A6%84%E3%83%BB%E6%85%B6%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%BD%B9

月岡芳年:朝鮮征伐大評定ノ図



加藤清正と福島正則の間の「橘 宗重」は立花宗茂の当て字です。

8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:02:13.87 ID:q/MAnGNM0
歌川豊宣:新撰太閤記/猛威海外に震う



扱いが小さいですが、宗義智もちゃんと居ます。

10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:07:01.96 ID:q/MAnGNM0
歌川芳藤:足利尊氏、戦場首途出舟の図



江戸時代は信長・秀吉以降の武家を描くことが禁じられていたので、
このあたりの出来事は、それ以前の時代の人物や事象に仮託するという
手法を取っています。

※この場合は、足利氏と秀吉が同じ桐紋であることを利用しています。

11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:08:03.68 ID:SptKUebJ0
おもろい

12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:11:08.06 ID:q/MAnGNM0
歌川芳虎:<朝鮮征伐石火矢図>



文禄・慶長の役を描いた作品の大半は、
時系列がはっきりしない作品が多いですが
そのあたりは適当に貼っていきますので…

13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:18:52.72 ID:q/MAnGNM0
歌川国芳:太平記英雄伝・藤原正清



文禄・慶長の役を描いた作品の中でも一番人気は加藤清正だった模様で、
虎退治をはじめとして様々な作品に描かれています。

図は満州に入り女真族(オランカイ)を屈服させた清正と現地住民。

14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:22:28.60 ID:q/MAnGNM0
月岡芳年:三韓退治図



師匠・国芳も使用した洋風描写を敵兵に用いることによって、
「異国人」というエキゾチシズムを増加させる工夫をしています。

27:大義私 ◆aWfrM7UWWY :2013/02/06(水) 03:06:25.79 ID:CTLAcap70
>>14
半島も当時は一般庶民にとっては異国の大地だったんだろうな(実際はミニ中国だったが)

15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:25:25.54 ID:q/MAnGNM0
月岡芳年:真柴大領三韓退治



16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:30:09.92 ID:q/MAnGNM0
月岡芳年:豊臣三韓征伐之図



17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:33:34.31 ID:q/MAnGNM0
豊原国周:三韓征伐



敵城の遥か上部に張り出した岸壁の上から
大岩を落として、城郭を破壊する清正軍。

18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:35:18.65 ID:LWT8HC8U0
いいな

19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:36:21.48 ID:q/MAnGNM0
勝川春亭:武勇三番続 其三・加藤清正



朝鮮国王子(か?)を捕らえ、接見する清正。

20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:42:16.94 ID:q/MAnGNM0
月岡芳年:正清三韓退治・晋州城合戦ノ図



晋州城攻防戦を描いた作品。

なお、右側の城郭がいわゆる唐風な描写ではなく西洋建築風なのは、
この作品が刊行された当時(文久3年)に起こった、薩英戦争に擬えた
作品であるからと考えられます。

21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:48:32.29 ID:q/MAnGNM0
ここから数点ほど清正の虎退治を描いた作品をば。

歌川国芳:和藤内虎狩之図



清正の名称が「和藤内」となっているのは、
歌舞伎「国姓爺合戦」の主人公・和唐内こと鄭成功が
作品内で虎退治をしているので、それに仮託したものであり、
尚且つ、「藤」の字は「加藤」の「藤」にひっかけたものです。

22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:50:33.05 ID:q/MAnGNM0
歌川国綱:佐藤正清虎狩之図



23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 02:55:15.26 ID:q/MAnGNM0
歌川芳員:正清公虎狩之図



24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 03:01:56.86 ID:q/MAnGNM0
月岡芳年:正清三韓退治図



月岡芳年:東錦浮世稿談・佐藤左馬介義明(加藤嘉明)



敵船に軽装備(というか素肌)で乗り込む秀吉軍。

なお、この作品も敵船の描写が洋風である事から、
薩英戦争を風刺したものと思われます。

28:大義私 ◆aWfrM7UWWY :2013/02/06(水) 03:07:35.76 ID:CTLAcap70
>>24
見事な首チョンパだな

26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 03:05:43.94 ID:q/MAnGNM0
月岡芳年:太平記 正清難戦之図



明軍の仕掛けた地雷火が炸裂し、吹き飛ばされる清正の軍勢。

なお、先ほどからしばしば出てくる、タイトルに使用されている
「太平記」は「太閤記」の偽装タイトルとでもいうべきものです。

30:大義私 ◆aWfrM7UWWY :2013/02/06(水) 03:08:43.30 ID:CTLAcap70
>>26
一昔前の娯楽劇画みたいな描写だな

34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 03:11:08.99 ID:q/MAnGNM0
歌川芳宗(2代目):撰雪六六談 籠城の馬肉・加藤清正



蔚山籠城で食料が欠乏する中、貴重な馬を潰して
清正に肉を摂るように進める家臣。

38:大義私 ◆aWfrM7UWWY :2013/02/06(水) 03:29:43.15 ID:CTLAcap70
>>34
見事な桜色だな
清正の時代だと桜肉は既に薬膳料理として珍重されていたとか 海の横綱が河豚刺し 陸の横綱が馬刺し
今でも地方では桜肉を患部に貼付して熱を冷ます民間療法があるらしいぞ 会津地方だと妊婦のいる家を訪ねるときの土産物だったとか
このとき軍馬を食したのがきっかけで、清正帰国後に領地である肥後を起点に薬膳料理桜肉が広がったという俗説はあるな
フランスでは桜肉のことを子牛のステーキと言う また欧州で馬肉料理というとベルギー料理の主菜が代表的になるとか
中国は知らんが韓国の肉食文化は高麗時代にモンゴルの影響を受けたために李氏朝鮮の宮殿では干し肉にして食したとされる
ただし、あくまでも高級料理であり中央の高官であっても農耕に必要な牛馬を食べる機会は少なかった(牛に関しては儒教の祭で食べた)
中国もそうだが今の韓国では牛肉料理の文化はあるが馬肉料理はないに等しい
これは牛と違い歳老いた馬を旨く食べる手法が広まらず時代とともに廃れていったからだろう

36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 03:18:09.21 ID:q/MAnGNM0
歌川国芳:耀武八景 三韓帰帆・武内宿禰



秀吉の死によって日本へと引き揚げる清正。

なお、こちらは神功皇后の老臣である武内宿禰が帰帆する場景として
描かれて入るものの、清正のトレードマークである長烏帽子の兜や、
背中の陣羽織の文字が髭題目風になっていることに注意して下さい。

37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 03:25:10.95 ID:q/MAnGNM0
では最後は江華島事件を描いた作品をば。

【江華島事件】

江華島事件 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E8%8F%AF%E5%B3%B6%E4%BA%8B%E4%BB%B6

月岡芳年:皇国一新見聞誌/朝鮮の戦争



月岡芳年:大日本雲揚艦朝鮮江華港測量之際俄砲発ス
     兵士憤激上陸シテ台場ヲ攻破ル図



41:大義私 ◆aWfrM7UWWY :2013/02/06(水) 03:32:35.30 ID:CTLAcap70
>>37
浮世絵ってすごいな 一枚で完結したショートアニメーションだな

39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 03:29:47.97 ID:h4x1DI5iO
いいものみたわ
乙乙

40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 03:30:18.83 ID:LWT8HC8U0
大変興味深いものを見せてくれてありがとう
面白かったよ乙

42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 03:36:47.04 ID:w/XEtqu00
明治になって欧米式軍隊になってからも浮世絵ってあったんだな。まぁそりゃ当然か

44:大義私 ◆aWfrM7UWWY :2013/02/06(水) 03:42:48.36 ID:CTLAcap70
>>42
上で貼られている月岡芳年が最後の浮世絵師と言われていて明治45年まで浮世絵は世に出されていたそうだよ
日清戦争や日露戦争を描いた浮世絵もあるそうだが、新聞や写真 石版画の普及で多くの浮世絵師も挿絵画家に転向していった

50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 04:51:04.55 ID:zMye1gRX0
浮世絵って芸術という枠に収まらないものなんだな
報道だったり評論だったり
歴史でもありファンタジーでもあり
写実性より説明力を優先させる事も多かったようだ
明治になって写真家に転身した絵師もいたそうだし、
社会全体の絵を描くことに対するとらえ方というかくくりが今と違ったんだろう

43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 03:39:01.12 ID:q/MAnGNM0
月岡芳年:雲揚号兵士朝鮮江華戦之図



月岡芳年:皇国一新見聞誌/朝鮮の条約



なお、自分は手元に持ってないのですが、この手の作品を収めた
書籍でしたら、下記のような本もありますので あくまでも図版の
参考としてだけ見る分には良いかと思いますです。

カラー版 錦絵の中の朝鮮と中国―幕末・明治の日本人のまなざし

カラー版 錦絵の中の朝鮮と中国―幕末・明治の日本人のまなざし

なにぶん著者が「相手国」の人なので、述べている文章の内容はスルーで…。

…といったところで、手持ちの画像も尽きたので
今宵はこれにて御免致します。

ではまたー。ノシ

46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 04:29:00.59 ID:q/MAnGNM0
【おまけ】

スレの趣旨とは外れますが、鎌倉時代の元寇を描いた作品については
朝鮮(高麗)が日本まで攻めてきたのを撃退したと考えても良いかと
思いますので、ついでに載っけて見ます。

ただし、この手の作品の大半は幕末に刊行されたもので、
尚且つ、当時の長州藩が行った外国船の砲撃、並びに四国艦隊戦や
薩英戦争の風刺画になっているので、軍船の描写は黒船調になっています。

歌川芳虎:弘安四年之五月、北条時宗蒙古之賊船を悉く打敗る図



歌川芳虎:日蓮記蒙古退治



河鍋暁斎:蒙古退治之略記



河鍋暁斎:蒙古賊船退治図



それでは、今度こそ御免致しますー。 ノシ

48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 04:33:04.36 ID:LWT8HC8U0
おまけありがとー乙!

49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/02/06(水) 04:37:07.55 ID:G+7/N9eF0
浮世絵は表情の豊かさや目の迫力、色使いの巧さにいつも魅入ってしまう
日本の伝統美術だなって思うよ



元スレ