一頭の馬について書き始めたらその馬のことだけで長くなりすぎたので
とりあえずその馬についてだけ書こう思う
古い競馬ファンなら誰でも知ってる有名馬だけど
最近のファンや競馬知らない奴がどの程度知ってるかは分からん
とりあえず「緑のマキバオー」や「風のシルフィード」の
モデルにもなった馬

父シービークロス(重賞3勝、GI勝ちは無し)
母グリーンシャトー(6勝、重賞未出走)
どっちも内国産馬で、大した繁殖実績もない
まあぶっちゃけ地味な二流血統だな
妹もエリ女取ったのにな
ミヤマポピーな
結果的に偉大な母だったわけだ
内国産ってだけでB品扱いな時代だっただけに
なおのことタマモクロスは低評価だった
後に父シービークロス、母グリーンシャトーともに活躍馬を次々と輩出して
良種牡馬&名牝の評価を得ることになるんだが
それはまだ先のお話
そんなわけで幼駒時代のタマモクロスの評価はお察しの通り
セリで付いた値段はたったの500万円
これ数千万〜億の値もつく競走馬の世界では破格の安さね
そのこだわりもあってタマモクロスには並々ならぬ期待を寄せていた
なのでこの低評価に納得がいかず、一度は売却を拒否したんだわ
しかし錦野牧場は零細&チャリンコ操業で、経営は火の車
背に腹は代えられないってことで泣く泣く500万で売却されましたとさ
書こうと思ったがとりあえず今回はタマモクロスさんのことだけ
タマモクロスの活躍を待またずにあえなく倒産、錦野家の一家は離散
母グリーンシャトーも他の牧場に売られて死んでしまい
牧場主の錦野氏は全国を転々とする日々という過酷な運命をたどる
おいおい昭和かよって
まあ昭和なんですけどね
テンポイントについても書きたかったがまた今度ってことで
2歳になったタマモくんは栗東の小原厩舎に預けられたんだが
こいつがいかんせんヒョロッちいわ弱っちいわでなかなか仕上がらない
ようやくデビューにこぎつけられたのは3歳の春3月、おっそ!
3歳クラシック目前という時期ですよ
で、結果は7着
3戦目でようやく初勝利をあげるも
4戦目はスタート直後にズッコケて
落馬競走中止という失態を演じてしまう
その後はダートを中心に使われ続けるも
連敗に連敗を重ね、
気付けばクラシックシーズンも終盤にさしかかろうかという3歳秋の時点で
8戦1勝、400万下条件(当時)が定位置という
なんつーかもう見事に「お値段どおり」の凡馬ぶり
こりゃもうアカンね、そろそろ障害レースにでもおろそうか
なんて諦めモード
が、ここで主戦騎手の南井克巳からこんな進言が
「最後にもっかい芝で使ってみませんか?
こいつ芝のほうが走りそうな気がするんです」
後に三冠馬ナリタブライアンを筆頭に
数多くの名馬とコンビを組み“ファイター”の異名をとった南井だが、
この当時はまだGI未勝利の中堅ジョッキーにすぎなかった
落馬で競走中止して以来、芝は避けてたんだけど
ジョッキーがそう言うなら・・・・・ってことで
南井の助け船によって首の皮一枚つながったタマモクロス
次走の9戦目では芝のレースに使われることに
そしてこれが
タマモクロスにとって大きな転機となる
NHKの松平定知っぽく言うと
「歴史が動く“その時”」というやつ
なんと2着に7馬身差をつける大楽勝
あまりに見違えるような圧勝ぶりに
小原調教師いわく「狐につままれたようだった」そう
またもや8馬身差で圧勝(ちなみにこの翌週が菊花賞だった)
さらに11戦目・鳴尾記念(G2)芝2500m
格上挑戦&初の重賞&古馬混合
にもかかわらずまたまた6馬身差で圧勝!
しかもコースレコードのおまけつき
デビューから半年近くモタモタしてたくせに
圧勝に次ぐ圧勝(7馬身・8馬身・6馬身&レコード)で3連勝
いくら芝のほうが合ってたからって急変しすぎ
このときはスタートで出遅れて道中最後方から進み
最後の直線だけで15頭ごぼう抜きという驚異的な末脚で勝利する
https://www.youtube.com/watch?v=lFAFDTqEAfg&feature=player_detailpage#t=149

しかもインを突いて馬群を右へ左へ縫うように捌いて抜け出すという離れ業
これで4連勝(重賞2連勝)
ここでは前方が壁になる不利を押しのけてゴール前ダイナカーペンターに並び、
重賞ではきわめて珍しい1着同着
タフさと勝負根性を見せつけてこれで5連勝(重賞3連勝)
堂々1番人気におされたタマモクロスは
中断から直線に抜け出し、粘るランニングフリーとメジロデュレンを
並ぶ間もなく抜き去って快勝、ついにG1ウィナーの勲章を手に入れる
ちなみにこれが小原厩舎にとっても南井騎手にとっても初のG1タイトルだった
https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=2LvHiN1Hgzc#t=152

これで6連勝(重賞4連勝)
マイルの帝王ことニッポーテイオーを子供扱いする盤石の強さ
https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=lo9sAraK43Q#t=92

これで7連勝(重賞5連勝)
すまん、やらない
当時のJRAの重賞連勝記録はメジロラモーヌがマークした6連勝
タマモクロスは目下のところ重賞5連勝で、次走は天皇賞・秋(G1)
これに勝てば連勝記録に並ぶと同時に、史上初の天皇賞春秋連覇の達成となる
(まぁ天皇賞は1983年まで勝ち抜け制だったので物理的に連覇は不可能だったんだけどね)
最大のライバル・オグリキャップと対決することになる
オグリキャップは地方の笠松競馬から中央に移籍してきて、このとき連勝街道を驀進中
タマモクロスより1歳下ながら一足先に重賞6連勝の記録を打ち立てていた
そんな怪物オグリとついに天皇賞で相まみえることに
https://www.youtube.com/watch?v=-ad9HjFuD5w&feature=player_detailpage#t=54

重賞をほとんど持ったままの手応えで圧勝
勝ちタイム1.34.0も当時の3歳春としては破格
かたや重賞5連勝含む7連勝中、こなた重賞6連勝中(地方含めたら14連勝中)
どちらも当年無敗、どちらも芦毛馬、どちらも後方からの差し馬
当時の競馬ファンはこの二強対決にめちゃくちゃ盛り上がった
1番人気オグリキャップ
タマモクロスは休養明けぶっつけがマイナス評価となって2番人気
好スタートから大胆な先行策
直線でオグリの追い込みを待って仕掛け、そのまま完封
http://youtu.be/97Wz1CVyYqA

8戦して1勝しかできなかったヒョロガリの安馬が
才能開花して一気に8連勝(うち重賞6連勝、G1を3連勝)を飾り
強敵オグリさえも降してついに日本競馬の頂点に立ったのでした
表彰台の「馬主」のところは常に空席だった
しかし錦野家はこのタマモクロスの活躍のおかげで
家族もまた再会して一緒に暮らせるようになったそう
ジャパンカップではアメリカ代表ペイザバトラーの2着に敗れるも
日本馬最先着で面目を保ち(オグリキャップは3着)
spそて連戦で力尽きた有馬記念では
遂にオグリキャップの2着に敗れ
最強馬の地位をオグリに託すようにして引退
バトンを受け取ったオグリは翌年の秋、
競馬史に残る連戦&名勝負を繰り広げてファンを熱狂させ
空前の競馬ブームの立役者となるんだがそれはまた別のお話
父内国産不遇の時代にあってカネツクロスやダンツシリウスなど
数多くの重賞勝ち馬を輩出し、種牡馬としても高く評価された
残念ながら産駒から後継種牡馬が出なかったため
孫世代に血を残せなかったが惜しまれる
書き溜めぶんはこれでおしまい
次はキョウエイプロミスについて書かせてくれ
キョウエイプロミスはとにかく相次ぐ怪我でなかなか力を発揮できない馬だった
2歳夏にデビューしたものの初勝利は4戦目
明け3歳でやっと2勝目をあげるもクラシック戦線には無縁のまま
3歳夏には故障、1年の長期休養を余儀なくされた
800万下(当時)で2着2度がやっと
連勝の末に初の重賞制覇となるダイヤモンドS(3200m)を勝利し、
大器の片鱗がようやく見えてきたのは5歳の春という超遅咲きだった
宝塚記念4着、天皇賞・秋7着、有馬記念3着と大きいところには手が届かず、
再び脚部不安にみまわれて長期休養へと入ってしまう
復帰初戦の毎日王冠で3着に入り、その勢いのまま天皇賞・秋へと臨む
ここでついに才能開花したキョウエイプロミスは
中団から逃げるタカラテンリュウをとらえて勝利
デビューから5年目、数度の怪我を乗り越えてついにビッグタイトルを手にする
現在の天皇賞・秋は距離が短縮され2000mで開催されているが、
キョウエイプロミスは3200mで施行された天皇賞・秋の最後の勝ち馬だったりする(翌年、初の2000m天皇賞を勝ったのはミスターシービー)
日本競馬は長らく鎖国状態で、
国際化をめざすために1981年から始まってこれで3回目
第1回の勝ち馬はアメリカ代表、冬毛ぼさぼさでやる気あんのか状態の牝馬メアジードーツ
第2回の勝ち馬もアメリカ代表、向こうじゃ二線級扱いの格下馬ハーフアイスト
迎え撃つ日本勢はホウヨウボーイ、モンテプリンス、ヒカリデユールなどなど
国内の大レースを勝ち上がってきた一流馬たちだったが、
勝ちにいった馬は影すら踏めずに大惨敗、着を拾いにいった馬がかろうじて5着に入るという有り様で
欧米の二流馬相手にぐうの音も出ないほどコテンパンにやられまくっていた
当時は「こりゃ向こう10年は日本馬ノーチャンやろ」とまで言われてたほど
この年のクラシックでシンザン以来19年ぶりの三冠を達成していたミスターシービー
3歳ながら当然日本のエースとして出るだろうと期待されていたし、
欧米製も日本の三冠馬との対決を望んでいた
しかし残念ながらシービーは菊花賞勝利後、休養を宣言
ジャパンカップ回避とあいなった
はっきりとは言わないものの意訳すると
「おいこら、こっちはわざわざ遠いとこから極東の土人国まで来てやってんねんぞ
せやのに最強馬だしてこんとはどういう了見やねん、なめとんんかワレ」
みたいな感じ
ちなみに海外勢はみんな招待馬なのでアゴアシ付きなんだけどね
「ですから!キョウエイプロミスがあなた方のお相手をするわけです!」←実際のコメント
鞍上の柴田政人も強気の一言「状態はパーフェクト。勝ちに行きます!」←実際のコメント
実際この秋の天皇賞を勝ってるキョウエイプロミスは国内勢の中では一番手だった
まったく期待はされてなかったけど
レースは快速ハギノカムイオーが大逃げを決めてそのまま玉砕
最後の直線でアイルランド代表(英アスコット競馬場2400mのレコードホルダー)が抜け出す
そこへ後方からキョウエイプロミスがぐいぐい追い込み、
ラストは猛烈なたたき合いになるもアタマ差届かず
解説の大川慶次郎が興奮のあまり「プロミス!プロミス!プロミス!」と大絶叫する声が
https://www.youtube.com/watch?v=h07Az3Spnb0&feature=player_detailpage#t=261

なめきっていた欧米勢に日本馬の意地を見せてくれたキョウエイプロミス
レース後はもともと不安を抱えていた右脚がついにパンク(靱帯断裂)
馬運車に乗せられて退場という悲壮感あふれる幕引きだった
キョウエイプロミスが命がけの激走を見せてくれた翌年
カツラギエースが日本馬初のジャパンカップ勝利をもぎとったのでした
今や海外勢は何しに来てんだかってほど日本馬が勝って当たり前のJCの黎明期のお話でしたとさ
おしまい
キョウエイプロミスも書いてとりあえず満足
この先も現れる気がしない
俺はスペシャルウィーク派だった
海外の馬についてもちょっとだけ
オーストラリアのテイクオーバーターゲット
この馬は過去30年ではおそらく世界最安値のG1ホース
そのお値段なんと11万円(1250豪ドル)
ちなみに購入したのは調教師
決して裕福ではないうえ調教師の収入だけではテイクを養っていけないので
タクシードライバーをして日銭を稼ぎ、エサ代にあてていたそうな
スペシャルウィークとグラスワンダーの勝負は涙が止まらなくなる
脚が弱すぎてまともな調教さえできないという虚弱ぶりで
ジャニアック調教師が購入しなければ廃用されてたような馬だった
そろを辛抱強く育て続け、
ようやくデビューにこぎつけたのは4歳の4月
ところがこいつがバカっ速で、1200mの短距離戦を7連勝して一気にG1ホースになってしまう
クモワカ
│
ワカクモ
│
オキワカ
テンポイント
キングスポイント
たしかフジヤマケンザンもその母系だったはず
日本にも2006年に来日してセントウルS2着、スプリンターズS勝利と、しっかりG1をゲットしていった
その生涯獲得賞金は約4億円
11万という中古の原チャリみたいな価格で命を救われて、見事その恩を返したというお話
かなり面白い!
今年7月に引退したフランス生まれのドゥーナデン
父Nicobar(ニコバー)、母の父Kaldounevees(カルドゥネヴィース)という
何だそれ過ぎる超絶マイナー血統
おそらくフランスの競馬ファンでもこの血統知ってる人はきわめて少ないと思われる
母La Marliaは未出走、母母も未出走、3代母は走ったものの入着なし
母系を8代まで遡ってもステークスウィナー無しという
もはや三流を通り越してよくぞ現代まで生き残れましたねってほど
そんな血統背景だったためドゥーナデンの当歳価格はわずか1500ユーロ(20万円弱)
これまた中古バイクのような値段しかつかなかった
フランスの調教師が10倍の価格(15000ユーロ)で購入してフランスへ移籍
とはいえ大して期待されてたわけではないので
アラブ馬(サラブレッドより頑丈で従順で遅い)の調教相手に使われたり
競馬場で誘導馬のお仕事をしたりしつつ、ちょいちょいレースに出続ける
その年の秋にはカタールの石油王に20万ドルで買われ再び移籍
移籍初戦は2着ながら強烈な追い込みを見せ、
同日に行われた凱旋門賞の上がりタイムを上回る
その後再び移籍(4度目)し、5歳にしてついに重賞制覇
さらにオーストラリアを転戦し豪州最大のG1レース、メルボルンカップを勝利
返す刀で香港へ遠征、香港ヴァーズも制してG1連勝と
世界を股に掛けて大活躍
去年日本にもきてジャパンカップに出走したもののここでは5着だった
8歳になる今年も現役を続けていたが夏に脚部不安を発生して引退
しかし当初の期待を大幅に上回る成績をあげ、
今や滅亡の危機にあるバイアリーターク系の競走馬として最大級の結果を残したましたとさ
おしまい
あまりに有名すぎて今さら感あるけど
ドラマ性&悲劇性では日本競馬史上でも間違いなく屈指だからね
この母系は月丘を祖とする昭和の日本競馬を代表する名牝系で、
テンポイント以外にもダービー馬テイトオー、
日本初の海外G1馬フジヤマケンザン、桜花賞馬ダイアナソロンなど
多くの名馬を輩出している
月丘の子にしてテンポイントの祖母・丘高ことクモワカも、
桜花賞2着など優秀な競走成績を残した名馬でありました
体調を崩し発熱したクモワカは、京都競馬場の獣医から
伝染性貧血症(通称・伝貧=デンピン)という診断を受ける
この病気は死にこそ至らないものの不治の病で、
繁殖能力が喪失してしまうというサラブレッドにとっては恐ろしい病気
しかも伝染病なので、発病した馬は問答無用で殺処分命令がくだされてしまうんだ
クモワカはその後ケロッと回復してしまう
つまりは誤診だったわけだ
しかし一度降された診断と殺処分命令はそう簡単には覆らない
そこで陣営は役人の目を盗み、京都から北海道の牧場へとクモワカを逃がしたんだ
それから普通に種牡馬と交配し、何事もなく普通に出産もした
伝貧の馬ならそんなこと出来るわけがない
しかしせっかく生まれた産駒ではあるが、
なんせクモワカは死んだことになってる馬なので正規に競走馬登録ができない
何とか殺処分を取り消し、クモワカを再び競走馬として再登録するよう掛け合うも事態は好転しない
ようやくクモワカは汚名を晴らすことが出来たものの
あまりにも時間がかかり過ぎ、伝貧の診断からは実に13年の歳月が過ぎていた
この事件は「クモワカ伝貧訴訟」として知られている
遅ればせながらすでに生まれていた産駒のうち3頭がデビューできた
そのうちの一頭、ワカクモは
かつて母が破れた桜花賞を見事勝利しクラシックホースに輝いて
「亡霊の一族」と呼ばれた母・兄たちの無念を晴らし、
通算11勝をあげる大活躍をして引退
「一族からダービー馬を」の夢はその仔へと託されることになった
そのワカクモから誕生したのがテンポイントというわけ
ようやく生まれたとこまで来たよ
その馬名の由来は「10ポイント活字で新聞に載るぐらい活躍してほしい」という意味だとか
さぞかし大きな見出しのようだけど、実は10ポイントってせいぜい小見出し程度の大きさだったりする
本当に綺麗な馬なんだよね

赤毛に近い濃い栗毛の馬体に、ステイヤー特有のすらっとした体躯
額の流星も鼻筋に向かってシュッと伸びる整った形で
まさしく「貴公子」というニックネームがぴったりのグッドルッキングホース
のっけから周囲の重すぎる期待に応えて大活躍する
デビュー戦は圧倒的1番人気に支持され、
がっつり逃げて2着に10馬身差、コースレコードの圧勝
2戦目も2着に9馬身つけて圧勝
阪神3歳ステークス(馬齢は当時数え年カウントだった)
これまた7馬身差の圧勝
http://youtu.be/o1iL44rYEjg

このレースのゴール前、杉本清アナの実況
「見てくれこの脚、見てくれこの脚、これが関西の期待テンポイントだ!」
は名実況として有名
テンポイントの所属は母や祖母と同じく関西の栗東
これがまたテンポイント人気を強力に後押しする理由の一つでもあるんだが、
輸送が今ほど発達してなかった昭和の時代、関西と関東は今ほど頻繁に交われなかった
そして皐月賞、ダービー、有馬記念と、大レースの多くは関東開催で
自然、有力馬の多くは関東に所属するという「東高西低」状態が長らく続いていた
そこへ来てテンポイントのような強い馬が関西から登場したとなると
「おっしゃー関東のボケども見とれよー!ワシらのテンポイントがいわしたる!!」
てな感じで関西競馬ファンのテンションが上がりまくってしまうわけ
見た目も良くて滅法強い、そのうえお涙頂戴なバックボーンまであるんだから人気が出ないわけがない
こうしてテンポイントは一族の期待のみならず
関西人たちの期待まで背負う羽目になったんだわ
明けて3歳、いよいよクラシックをめざして東上することになる
狙うは皐月賞、さらには日本ダービー
前述したように当時は関西−関東の輸送も楽ではなかったため
テンポイントは関東に長期滞在することになった
管理を任されたのは主戦ジョッキーの鹿戸明騎手と山田厩務員
調教師の手を離れてしまったのがまずかったのか
東上後のレースはこれまでの楽勝劇とはうってかわって
東京4歳Sは半馬身差、スプリングSではクビ差と
勝つには勝ったものの・・・・というピリッとしないものだった
とはいえこれで5戦5勝
クラシックの主役としては申し分ない成績で皐月賞へと臨むことになる
テンポイントを迎え撃つ関東勢の大将格は
こちらも目下のところデビューから負け無しのトウショウボーイ
わずか3戦ながらその強さから「天馬」と賞賛されるほど
そしてこのトウショウボーイは
後にテンポイントにとって終生のライバルとなる
が、ここでまたまたトラブルが起こる
この時期、厩務員たちの労働組合が賃上げ要求のストライキに入ってしまい、
皐月賞は予定より1週間遅れ、中山競馬場ではなく東京競馬場で開催されるという異例の事態となった
慣れない関東で皐月賞に向けてギリギリの調整を続けていたテンポイントは
この煽りをモロに受けて大きくコンディションを狂わされてしまう
結果、1番人気におされるもトウショウボーイに5馬身も差をつけられて大敗
2着を確保するのがやっとという不甲斐ない結果に
https://www.youtube.com/watch?v=GjEc9qb7nSU&feature=player_detailpage#t=74

一族にとっても関西ファンにとっても悲願のタイトルだったが
テンポイントは相変わらず本調子を欠いたまま迎えることとなる
このレース、結局は大本命に押されていたトウショウボーイも
加賀武見騎乗のクライムカイザーにまんまと出し抜けを食らって2着と敗れてしまう
https://www.youtube.com/watch?v=CIjpePLeq-c&feature=player_detailpage#t=126

テンポイントにいたっては見せ場さえ作れず、レース中に骨折して7着惨敗
VTRで見ても馬群に沈んでどこを走ってるのかも分からない
骨折が軽度だったおかげで秋の復帰に間に合うのがせめてもの救いだった
とはいえ調整は決して順調とはいえず、
菊花賞トライアルには間に合わず京都大賞典でようやく復帰へとこぎつけた
このレースは古馬混合ということもあり病み上がり3歳のテンポイントは6番人気の低評価
しかしここで勝ち馬と差のない3着と大健闘し、
実況の杉本アナも「テンポイントは3着、今日は3着で充分だ!」とねぎらいの言葉を贈る
1番人気は皐月賞馬トウショウボーイ
2番人気はダービー馬クライムカイザー
テンポイントは3番人気
レースはテンポイントがトウショウボーイの直後につけてマークするように進み、
距離不安をささやかれていたトウショウボーイを直線入り口でかわして先頭に立つ
クライムカイザーも今ひとつ伸びがない
これはテンポイントチャンス!とファンの握り拳も硬くなる
杉本アナも私情モロ出しで「それいけテンポイント!ムチなどいらぬ押せ!!」と大絶叫
そしてテンポイントついに春の雪辱&ビッグタイトル奪取か!と思った瞬間
最内を突いて誰からもマークされていなかった12番人気の伏兵グリーングラスが
突如として突っ込んできてそのままゴールイン
テンポイントまさかの2着
菊花賞時のグリーングラスはフロック扱いされたが
後にテンポイントとトウショウボーイに次ぐ三強の一頭として評価され
三頭それぞれの頭文字から「TTG」と呼ばれるようになる
3・4コーナーで前が壁になって抜け出せない不利を受けて仕掛けが遅れ、またもや2着に破れる
勝ったのはトウショウボーイ
いつしか「悲運の貴公子」などと余計な冠付きで呼ばれるようになる
明けて4歳、雪辱を期して挑むは天皇賞・春
前哨戦の京都記念と鳴尾記念を連勝し、1番人気に
レースでは菊花賞のようにまた内にササりつつも後続の追撃をかわして見事勝利、
ついに念願のビッグタイトルを手中に入れる
実況の杉本アナも「これが夢に見た栄光のゴールだ!」と喜びを爆発させる
ただし
このレースにトウショウボーイは出ていなかった
vsトウショウボーイ第5ラウンドの舞台は宝塚記念
これまでとは違い、今度はテンポイントのホームである関西
しかも不利や紛れも起こりにくい小頭数(6頭)
ここで勝たずにどこで勝つ
が、逃げるトウショウボーイをまたもや捉えきれず2着
ここまで5度の対戦で先着は1度だけ
さすがにこの敗戦の痛手は大きく、テンポイントファンの間からさえも
「これもう無理じゃね」「トウショウボーイには永久に勝てないでしょ」
という声が挙がりはじめる
この宝塚記念の後からスパルタ調教へと切り替えてトレーニングの日々をおくる
その間にアメリカからレースの招待を受けるが
「いや、トウショウボーイに勝ちたいんで」とこれも辞退
久々にファンの前に登場したテンポイントの姿に多くの人が目を見張る
夏休み明けでパーマあててきたクラスメイトの如く、
一夏こえたテンポイントはなんとムキムキマッチョになっていた
前走の宝塚記念から驚異のプラス18キロ(太め感なし)!
そして秋初戦・京都大賞典を63kgという酷量を背負いながら8馬身差つけて圧勝
続くオープンレースも楽に逃げ切って快勝
満を持してライバル打倒のため有馬記念へと向かう
つまり泣いても笑ってもこれがTT対決の最終ラウンド
1番人気テンポイント、2番人気トウショウボーイ
レースは2頭がスタートから先頭を奪い合う展開
他6頭を完全シカトのマッチレースとなった
逃げ潰れて共倒れになってもいいから雌雄を決したいという両者の思惑が一致した結果か
抜きつ抜かれつの展開は最後の直線まで続き、
激しい競り合いの末ついにテンポイントはトウショウボーイに勝利
VTRでは「テンポイント 力で、トウショウボーイを、そしてグリーングラスをねじ伏せました!」という
実況を最後に映像が切れるが、盛山アナの実況はこの後「しかし、破れたトウショウボーイも強かった!」と続く
その言葉通り、勝ったテンポイントはもちろんトウショウボーイも負けてなお強しという内容だった
http://youtu.be/Jl9S_QIubEo

この第22回有馬記念は今なお日本競馬史上最高の名勝負として名高い
余談だがこのレースの実況はフジテレビの盛山アナだが、杉本清アナの別バージョンも存在する
杉本アナが宝塚記念で必ず言うお決まりの名文句「あなたの、そして私の夢が走っています」の初出はこの有馬記念
明け5歳はヨーロッパへと遠征することになった
その前に、関西ファンへ最後のお披露目
壮行レースとして選ばれたのが1月22日・日経新春杯
ここでテンポイントは66.5kgのという現在ではちょっと考えられない斤量を背負わされる
この日の京都競馬場は寒波の影響で極寒
小雪が降りしきる中での競馬となった
以下、動画がないので杉本アナの実況をテキストで
「さあテンポイント、鹿戸騎手。テンポイントと鹿戸騎手。 はたして手応えはどうか、手応えはどうか。
まだ楽に行っている。 エリモジョージがその外だ、エリモジョージがその外だ。
トウショウボーイと、トウショウボーイと一騎打ちを演じた・・・・・ああっと!テンポイントちょっとおかしいぞ!
ああっと!テンポイントおかしい! おかしいおかしい!後退した!テンポイントが後退した!
鹿戸騎手がちょっと後ろを見ている! これはどうしたことか!これはどうしたことか! 故障か!?故障か!?
ああっと故障か!? テンポイントは故障か!? これは故障か!?
テンポイントは競争を中止した感じ、中止した感じ。故障か? 故障か?
テンポイント、これはえらいこと、これはえらいことになりました」
骨が皮膚から突き出るほどの重傷だった
これほどの重傷は本来なら迷わず安楽死の処置がとられる
これは現在においてもそう、生かすなんてことはまずあり得ないほどの重傷
しかし皮肉なことにテンポイントのファンがそれを許さなかった
同日に寄せられた助命嘆願の電話は数千件
これを受けて急遽、医師団が結成され、テンポイントの救命手術が行われた
術後の経過は最悪の一語に尽きるものだった
ただ一命をとりとめたというだけで、助かる見込みはほとんど無い状態だった
テンポイントの容態は悪化こそすれ良化する気配はなく、
手術から3週間たつころには患部が腐敗して骨が露出していた
1ヶ月たつ頃には支える側の右脚に蹄葉炎(怪我した馬の多くの直接的な死因はこれ)を発症
3月に入ると医師団もついに治療を断念
3月5日の明け方にテンポイントはその生涯を閉じた
安楽死の処置は最後までとられず、約1ヶ月半の闘病の間に
500kgあったテンポイントの身体は300kg台にまで衰弱しきっていたと言われる
前代未聞の大手術は後の競走馬の治療発展に大きく貢献したと言われている
また、これは単なる偶然ではあるが
障害レースで活躍したテンポイントの弟・キングスポイントもレース中の故障で命を落としている
その通算勝利数が兄と同じく11勝だったのも数奇な一致といえる
テンポイントの宿敵トウショウボーイは引退後種牡馬となり、
内国産種牡馬のエースとして数多くの名馬を輩出した
中でも1983年の三冠馬ミスターシービーはその代表格で
種付け料の安さと仔出しの良さで零細牧場からは「お助けボーイ」と呼ばれたが
1992年にテンポイントと同じく蹄葉炎を発症しこの世を去った
TTG三強の一角を担ったグリーングラスは
トウショウボーイが去り、テンポイントが逝った後もタフに走り続け
78年には天皇賞を、79年には有馬記念を勝って年度代表馬となった
3頭が揃って出走したレースは全て1〜3着を独占している
そして同世代から3頭の有馬記念勝ち&年度代表馬が出たのは
後にも先にもTTGのこの世代だけ
おしまい
必ずドラマがあるから楽しい
トウカイテイオー然り、グラスワンダー然り(この2頭は復活の有馬で勝ったから)
感動する要素がたくさんある
その出生から最期まですごくドラマチックだな
良スレでした
競馬はギャンブルだけでなく
馬それ自体や歴史、血統など楽しめるのがいいよね
引用元: http://open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1411476657/



























































































1 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 13:19 ▼このコメントに返信 俺の中ではツインターボを超えるほど好きになれる馬はいまだにいないな
TTGならグリーングラスが一番好きだけどなー
今や生粋のステイヤーは通用しないよね
2 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 13:21 ▼このコメントに返信 モグモグ、うん、いい馬糞だ
3 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 13:22 ▼このコメントに返信 ・秋天で大駆け逃げ切りのダイナキャロット
後にメジロパーマーが有馬でおなじことをやったね
・最後の直線に入ったところで前が詰まって止まってしまった菊のダンスインザダーク
こりゃ終わったなと思ってたら画面の右端から飛んできて差し切りでびっくり
4 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 13:23 ▼このコメントに返信 競馬とか全く見たこと無かったけど読んでたら涙出てきたわ
賭博とか抜きで興味湧いた
5 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 13:29 ▼このコメントに返信 別冊宝島で読んだ
6 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 13:31 ▼このコメントに返信 競馬かあ
小学生の時おやじの影響でハマってたな
当時の俺にはテイエムオペラオーが絶対のヒーローだったけど
最近たまたま見た競馬のスレで不人気って知ってショックだったよ
7 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 13:47 ▼このコメントに返信 オープンのまとめで初めて面白いと思った
競馬好きなのもあるだろうけど、文体が読みやすくてうまい
8 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 13:51 ▼このコメントに返信 ※6
オペラオーは強かったけど、
勝ち方が派手でもなかったし下の世代も弱かったからな…
ドトウとの関係も含めて俺は好きだったけどね
2000年有馬だけは異様に強かった
和田には悪いけど、鞍上次第で評価はまた違っただろうね
9 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 13:56 ▼このコメントに返信 競馬わからんのに最後まで読んじまった
10 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 13:56 ▼このコメントに返信 おっちゃんはグリーングラスが好きやった。
ほんとしぶとくて良い馬やった。
11 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 14:01 ▼このコメントに返信 タマモクロスを知らない競馬ファンなんかいるのか
12 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 14:01 ▼このコメントに返信 俺はサイレンススズカが大好きだ
たぶんかなりファンが多く最強と信じてる人も少なくないんじゃないかな?
13 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 14:02 ▼このコメントに返信 漫画みたいなのはマティリアルとかサンデーサイレンスとメジロマックイーンの血から生まれたステマ産駒とか
14 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 14:03 ▼このコメントに返信 語り口がTV番組を見ているかのようで、すんなり読めた。特にテンポイントの最後のお披露目のくだりは本当に「嫌な予感」を掻き立てられた。
いい文章だった。また書いて欲しいな。
15 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 14:20 ▼このコメントに返信 素人でもディープインパクトが凄いのはよく分かる。
16 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 14:26 ▼このコメントに返信 漫画のようだな
ネズミの調教師にでもあったのかしら
17 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 14:31 ▼このコメントに返信 おもしろかったわー おーぷんで珍しい
18 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 14:43 ▼このコメントに返信 トウカイテイオーのヒモにプロポーズするお話と言いなつかしい競馬が多いな
19 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 15:00 ▼このコメントに返信 久しぶりに良スレのまとめだったな
違う感じでエルコンドルパサーとかマルゼンスキーとかの最強話も書いて欲しい
20 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 15:06 ▼このコメントに返信 面白かった。淡々として無駄に私情を挟まない良い書き方。
又見たい。
21 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 16:06 ▼このコメントに返信 ヒカルイマイもけっこうドラマチックだが
古すぎるかな、中央競馬会には愛されなかったが、
いまだに墓参りする人もいるという。
22 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 16:22 ▼このコメントに返信 昔はテンポイントやシンザンのテレカを発売してくれたJRA。
20年近く前の中山で売り切れ寸前のテンポイントのテレカ、売り切れていて東京競馬場からシンザンのテレカを移動してもらって購入した思い出。
23 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 16:39 ▼このコメントに返信 なお、仔馬500万が安いかと言うと別にそうでもない
高い馬が千万〜億なだけで300万とかで取引される馬も多い
血統がよくない馬が特に多い
24 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 16:40 ▼このコメントに返信 テンポイントが後世に遺したもの。
栗東の坂路調教→テンポイントの関東惨敗を受けて、栗東に東京競馬場の坂に耐えられるように坂のトレーニングコースを作られた。これによって鍛え上げられた馬の代表格が無敗で皐月賞、ダービーを制したミホノブルボン。
レース斤量の制限→テンポイントの骨折の教訓から、レースで乗せる斤量は上限が設けられることになった。
ボルト固定による骨折治療→テンポイントの治療実績から、骨折した部分にボルトを入れ、再び立てるように、走れるようになる治療法が確定された。これによって延命し、繁殖入りした馬に、ヤマニングローバル、サンエイサンキューがいる。
この辺の話も入れてほしかったかも。
25 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 17:35 ▼このコメントに返信 テンポイント、無理して66キロも背負って日経新春杯なんて出さなくても良かったのになぁ
競馬の斤量は重くて59キロちょい、66キロも背負ったらあんな細い脚簡単に折れちまう
当時の競馬は本当に暗い雰囲気の賭け事だった、今みたいにスポーツ感覚で見るやつなんて少ないもんだ
野次も汚えしファンのマナーは最悪だったよ、今の競馬は楽しく見れる
26 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 17:36 ▼このコメントに返信 米24
サンエイサンキューは繁殖入り出来ずに死んじゃったよ
繁殖入りを目指して何度目かの手術で心臓麻痺を起こして・・・
それとテンポイントと同じ11勝なのはワカクモとクモワカでキングスポイントは11勝じゃないよ
27 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 19:04 ▼このコメントに返信 俺の大好きなナリタブライアンを書いてほしい。マヤノトップガンとの阪神大賞典の2頭の叩きあい。後にも先にも鳥肌たったレースはあれだな
28 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 20:37 ▼このコメントに返信 数年前から競馬見始めたガキだけどすげぇおもしろかった
いつか競馬をこんな風に語ってみたい
29 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 20:54 ▼このコメントに返信 面白かった 競馬はまったく知らないが読ませる文章だった また見たい
30 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 22:28 ▼このコメントに返信 タレンティドガールが自分の中では一番ドラマチックな馬だった
マックスビューティともどもドラマの為に生まれてきたような存在だ
31 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月24日 23:16 ▼このコメントに返信 テンポイントはリアルで骨折の衝撃と新聞での死亡記事を見ていたおっさんだが、臨場感の
あるいい文章で面白かった
それぞれの馬の感動のドラマがまざまざと思い出されて、胸熱
賭博の一種ではあるけど、一頭一頭の血統のバックボーンや生育状況を楽しめる面もある
から競馬は面白い
もし次があれば、テンポイントと並ぶ悲劇の名馬キーストンや、遅咲きの牝馬ブロードアピールの
物語もじっくり読みたい
32 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2014年09月25日 10:57 ▼このコメントに返信 秋競馬が始まるこのタイミングでのこの良スレ
JRAのステマじゃないのかと思ってしまうが
競馬やりたくなるな…