領土:600万㎢(557年) 人口:世界人口の2%

https://ja.wikipedia.org/wiki/突厥

【イチオシ】期待の和風ファンタジーRPGが登場!超豪華声優陣にも注目
領土:650万㎢(100年) 人口:5800万人(世界人口の19.3%)

https://ja.wikipedia.org/wiki/後漢
領土:650万㎢(1450年) 人口:1億1000万人(世界人口の19.57%)

朱元璋が元を北へ逐って建国し、滅亡の後には清が明の再建を目指す南明政権を制圧して中国を支配した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/明
ロシア帝国はありでソビエト連邦はだめか
領土:660万㎢(621年) 人口:2500万人(世界人口の12%)

サーサーン朝は、アケメネス朝と同じくイラン高原のパールス地方から勃興した勢力で、その支配領域はエーラーン・シャフル Ērān Šahr と呼ばれ、おおよそアナトリア東部、アルメニアからアムダリア川西岸、アフガニスタン周辺まで及んだ。
特に始祖アルダフシール(アルダシール1世)自身がゾロアスター教の神官階層から出現したこともあって、様々な変遷はあったもののゾロアスター教と強い結びつきを持った帝国であった。ゾロアスター教を国教とし、アケメネス朝ペルシャの復興を目標とした。ペルシアを支配した勢力の中で、ゾロアスター教を国教とした最後の国である。https://ja.wikipedia.org/wiki/サーサーン朝
領土:740万㎢(1942) 人口:1億3480万人(世界人口の5.9%)

一般には1889年(明治22年)の大日本帝国憲法発布時に憲法典の名称として使用されたことから権威づけられ、1947年(昭和22年)の日本国憲法施行時までの約58年間、天皇が大日本帝国憲法を通じて統治する日本として使用された国号のひとつとされる。最盛時には現在の日本の領土に加え、南樺太、千島列島、朝鮮半島、台湾、澎湖列島、新南群島などを領有していた他、北東アジアや太平洋にいくつかの委任統治領や租借地を保有した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/大日本帝国
島国すぎぃ!!!
領土:810万㎢(1754年) 人口:不明

フランスの最初の海外進出は16世紀初め、フランソワ1世の時代に行われたジャック・カルティエの北米大陸カナダ・セントローレンス川探検である。この頃、フランスの漁民も北米のニューファンドランド島周辺海域にしばしば出漁していた。しかし16世紀後半のユグノー戦争による国内混乱のため海外進出の企ては一時頓挫した。
フランスの海外植民が本当に始まったのは1605年7月27日、今日のカナダ・ノバスコシア州であるアカディア植民地にポート・ロワイヤルが創設されてからとなる。1608年にはサミュエル・ド・シャンプランがケベックを創設する。ケベックは広大ではあるが人口希薄な毛皮貿易植民地ヌーヴェル・フランス(カナダンともいう)の首都となった。フランス人はセントローレンス川流域やその後背地に次第に浸透して行った。しかし北米におけるフランス植民政策はイギリスの北米植民地に比べて人口や経済発展ではるかに遅れており、1713年のユトレヒト条約で仏領アカディア植民地が英国に割譲された。だがフランスの北米植民地は1699年にミシシッピ川流域にルイジアナ植民地が樹立されたことによって一挙に拡大した。しかし実効支配していたのはメキシコ湾沿岸のモービルやニューオーリンズ(1718年創設)などいくつかの交易拠点に過ぎなかった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/フランス植民地帝国
1754年が出るまで待ってみて
領土:840万㎢(654年) 人口:4030万人(世界人口の19.1%)

https://ja.wikipedia.org/wiki/イスラム帝国
領土:850万㎢(1880年) 人口:不明

https://ja.wikipedia.org/wiki/ブラジル帝国
領土:850万㎢(紀元前530年) 人口:5000万人(世界人口の44.48%)

https://ja.wikipedia.org/wiki/アケメネス朝
人口強すぎィ!
これは間違いなく諸王の王ですわ
領土:860万㎢(紀元前323年) 人口:5000万人(世界人口の30.3%)

紀元前336年、ペルシア遠征を計画していたピリッポス2世が暗殺されると、その息子アレクサンドロス3世(大王)が後を継いだ。アレクサンドロス大王は紀元前334年アケメネス朝ペルシアへの遠征を開始し、紀元前333年のイッソスの戦いでペルシア王ダレイオス3世の軍を打ち破り、アルベラ・ガウガメラの戦いで再びダレイオス3世率いるペルシア軍を撃破し、ペルシア征服を実現させる。
ペルシアの征服に成功したのちもアレクサンドロスの東方への遠征は続き、インドの外辺まで支配下に治めた。この世界帝国の実現によって、ギリシアの文化や考え方が各地へと広まるだけでなく、東西文化の交流や民族の融合が盛んになった(ヘレニズム)。
紀元前323年、アレクサンドロスが後継者を決めないまま急逝すると、配下の将軍たち(ディアドコイ)によるディアドコイ戦争が勃発した結果、アルゲアス朝は断絶した。ヨーロッパ側領土にはアンティパトロス朝マケドニア、リュシマコス朝(英語版)トラキアが立ち、アンティゴノス朝が小アジアに拠り、三者の争いの中でアンティゴノス朝が生き残った。アンティゴノス朝マケドニア、プトレマイオス朝エジプト、セレウコス朝シリアの3王国が成立し、帝国は三分割された。
https://ja.wikipedia.org/wiki/マケドニア王国
やっぱりアレクサンダーって英雄だわ
領土:1040万㎢(1815年) 人口:不明

https://ja.wikipedia.org/wiki/ポルトガル海上帝国
領土:1110万㎢(750-1258年) 人口:5000万人(世界人口の20%)

イスラム教の開祖ムハンマドの叔父アッバース・イブン・アブドゥルムッタリブの子孫をカリフとし、最盛期にはその支配は西はイベリア半島から東は中央アジアまで及んだ。アッバース朝ではアラブ人の特権は否定され、すべてのムスリムに平等な権利が認められ、イスラム黄金時代を築いた。
東西交易、農業灌漑の発展によってアッバース朝は繁栄し、首都バグダードは産業革命以前における世界最大の都市となった[1]。また、バグダードと各地の都市を結ぶ道路、水路は交易路としての機能を強め、それまで世界史上に見られなかったネットワーク上の大商業帝国となった。
アッバース朝では、エジプト、バビロニアの伝統文化を基礎にして、アラビア、ペルシア、ギリシア、インド、中国などの諸文明の融合がなされたことで、学問が著しい発展を遂げ、近代科学に多大な影響を与えた。イスラム文明は後のヨーロッパ文明の母胎になったといえる。
アッバース朝は10世紀前半には衰え、945年にはブワイフ朝がバグダードに入城したことで実質的な権力を失い、その後は有力勢力の庇護下で宗教的権威としてのみ存続していくこととなった。1055年にはブワイフ朝を滅ぼしたセルジューク朝の庇護下に入るが、1258年にモンゴル帝国によって滅ぼされてしまう。しかし、カリフ位はマムルーク朝に保護され、1518年にオスマン帝国スルタンのセリム1世によって廃位されるまで存続した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/アッバース朝
領土:1230万㎢(1938年) 人口:1億1290万人(世界人口の5.1%)

フランスの植民地の大部分が獲得されたのは普仏戦争(1870年 - 1871年)後のことである。コーチシナの基地からフランス人は1883年にトンキンとアンナンを獲得し、フランス領インドシナを形成した。1893年にはラオス、1900年には中国南部(清)の広州湾租借地もこれに加えられた。1881年にはチュニジアを保護国としている。
20世紀始めまでにフランスはアフリカ北部、西部、中部に次第に植民地を拡大していった。この一連の動きをアフリカ横断政策といい、アフリカ西岸から、東岸のジブチまでを接続することを試みた。同時期にイギリス帝国が取ったカイロからケープタウンを結ぶアフリカ縦断政策と対立し、スーダンでファショダ事件を引き起こした。結局ドイツの進出に対抗するために、フランスが譲歩し英仏協商でスーダンにおけるイギリスの優越権を認めた。また、イギリスはモロッコに対するフランスの優越権を認めた。
この広大な植民地には現代のモーリタニア、セネガル、ギニア、マリ、コートジボワール、ニジェール、チャド、中央アフリカ共和国、コンゴ共和国、マダガスカル、ジブチが含まれる。1911年にはモロッコも保護国とされた。第一次世界大戦では約55万の植民地兵がフランス戦線に動員され、特に勇猛なセネガル兵は最前線に送られて数万の戦死者を出した。また人手不足となったフランス国内に植民地は20万人以上の労働者を送っている。大戦後にはオスマン帝国領であったシリアとレバノン及び元ドイツ植民地であったトーゴとカメルーンを獲得した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/フランス植民地帝国
領土:1310万㎢(1760年) 人口:3億8100万人(世界人口の36.6%)

https://ja.wikipedia.org/wiki/清
こんな国を地球の裏側から遠征してきて叩きのめすイギリスは正直異常だ
領土:1400万㎢(1310年) 人口:5980万人(世界人口の17.1%)

中国王朝としての元は、北宋崩壊(1127年)以来の中国統一政権であり、元の北走後は明(1368年 - 1644年)が中国統治を引き継ぐ。後述するように、元は政治制度や政治運営の特徴においてはモンゴル帝国に受け継がれた遊牧国家特有の性格が強く、一方で行政制度や経済運営の特徴は南宋の仕組みをほぼそのまま継承している。用語上でモンゴル帝国が伝統的な中国王朝の類型に変化したものであるというような誤解を避けるために、遊牧民の国を指すウルスという語を用いて特に大元ウルスと呼ぶべきであるとする意見もある[1]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/元 (王朝)
元ノットイコールモンゴル帝国やぞ
領土:1500万㎢(661-750) 人口:6200万人(世界人口の28.8%)

アブドゥルマリクの時代には、アラビア語の公用化とアラブ貨幣の発行により、中央集権化が進んだ。アッズバイル討伐で功績をなしたハッジャージュがクーファ総督に任命された。ハッジャージュのイラク統治は厳しく、イラク社会の治安は一定度、回復したと考えられる[6]。ハッジャージュは、反ウマイヤ家のイラクを平定後、クタイバ・イブン=ムスリムを東方遠征の司令官に任命した[7]。クタイバは、ブハラやサマルカンドを征服し、フェルガナ地方まで進出、中央アジアにイスラームが広がるもととなった[7](トランスオクシアナ征服(英語版))。
一方、西では709年までにマグリブ(北アフリカ)を東ローマ帝国から奪った(マグリブ征服(英語版))。将軍ムーサー=イブン・ヌサイール(英語版)は、イフリーキヤのカイラワーンを拠点に、ベルベル人の住むモロッコを平定し[7]、ムーサー配下のターリク・イブン・ズィヤードが、イベリア半島に進出して西ゴート王国を滅ぼした(グアダレーテの戦い(英語版))。ピレネー山脈を越えフランク王国領内に入ると、フランク王国の迎撃軍と衝突してトゥール・ポワティエ間の戦いとなったが、アル・ガーフィキー(英語版)が戦死したウマイヤ軍は退却し、ピレネー山脈の南側まで戻った。一方、674年から東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリスを連年包囲したが攻略できず、キリスト教勢力に対する攻勢は止まった。
この後、長い間地中海はイスラームの海となる。こうして東へ西へとウマイヤ朝は拡大してゆき、ワリード1世の治世である8世紀初頭に最大領域となった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ウマイヤ朝
領土:1940万㎢(1783-1801年) 人口:6820万人(世界人口の12.3%)

とりわけ、16世紀中盤から17世紀前半までの約80年間はスペインが史上最も繁栄した時期であり、黄金世紀(Siglo de Oro)と呼ばれている。スペイン君主のカルロス1世が神聖ローマ帝国皇帝に即位した際には、ヨーロッパにも本国以外の広大な領土を持つなど、その繁栄の様は「太陽の沈まない国」と形容された。
https://ja.wikipedia.org/wiki/スペイン帝国
元祖畜生って感じやな
領土:2280万㎢(1866年) 人口:1億7640万人(世界人口の9.8%)

https://ja.wikipedia.org/wiki/ロシア帝国
売却前のアラスカ込みでも3位か
領土:3300万㎢(1279年) 人口:1億1000万人(世界人口の25.6%)

モンゴル帝国の創始者チンギス・ハンと『四駿四狗』やその他の後継者たちはモンゴルから領土を大きく拡大し、西は東ヨーロッパ、アナトリア(現在のトルコ)、シリア、南はアフガニスタン、チベット、ミャンマー、東は中国、朝鮮半島まで、ユーラシア大陸を横断する帝国を作り上げた。最盛期の領土面積は約3300万km2で、地球上の陸地の約25%を統治し、当時の人口は1億人を超えていた。三大洋全てに面していた。
モンゴル帝国は、モンゴル高原に君臨するモンゴル皇帝(カアン、大ハーン)を中心に、各地に分封されたチンギス・ハンの子孫の王族たちが支配する国(ウルス)が集まって形成された連合国家の構造をなした。
中国とモンゴル高原を中心とする、現在の区分でいう東アジア部分を統治した第5代皇帝のクビライは1271年に、緩やかな連邦と化した帝国の、モンゴル皇帝直轄の中核国家の国号を大元大モンゴル国と改称するが、その後も皇帝を頂点とする帝国はある程度の繋がりを有した。この大連合は14世紀にゆるやかに解体に向かうが、モンゴル帝国の皇帝位は1634年の北元滅亡まで存続した。また、チンギス・カンの末裔を称する王家たちは実に20世紀に至るまで、中央ユーラシアの各地に君臨し続けることになる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/モンゴル帝国
やけどヒマラヤで止ってるんやな、やっぱ
領土:3370万㎢(1922年) 人口:4億5800万人(世界人口の20%)

大英帝国は、その全盛期には世界史上最大の面積を誇る帝国であり、唯一の超大国とも呼べる地位にあった。第一次世界大戦終結から第二次世界大戦までの間は、アメリカ合衆国とともに超大国であった。第二次世界大戦後にはイギリスは超大国の地位から陥落し、各植民地が独立してイギリス連邦が発足した。冷戦期には、アメリカ合衆国とともにソビエト連邦が超大国になった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/イギリス帝国
ローマはレジェンドやから畜生ランキングには入らないんやな!
あれ、そんなもんか
10位くらいには来てると思ったけどな
21位 ジョチ・ウルス
22位 ティムール朝
23位 唐
24位 オスマン帝国
25位 マウリヤ朝
インドの完全支配と明の制圧に成功しとったら
世界最大の1世1代大帝国として君臨してましたね...
27位 北元
28位 ローマ帝国
29位 第一メキシコ帝国
30位 新
「しん」多すぎシリーズやね
単に使ってる舌が違うだけじゃないんですかねえ
全盛期は南北アメリカに大半を経済で支配してたんだよなあ
まあ領土ランキングだし多少はね?
南アメリカは関係あるんですかね…
ポルトガルと南アメリカは借金漬けやぞ
毛布先住民にあげたり
ユダヤ人やアラブ人のための自治区作ろうとしたり
そうなんか、イギリスってやさしい国なんやな!
日本も見習わなアカンな!
細菌攻撃はやめなされ
結局アメカスの所為で手放すはめになってるやんけ!
毛布(ペストまみれ)
自治区(領土モロ被り)
火種ばらまく天才だな
火種ばらまく天才のブリカスと種ばらまく天才のモンゴル
この2国がトップ2になるのは当然でしたね
10人に一人がチンギスハンの血をひいてる計算だっけ?
アジア人の8%らしい
https://ja.wikipedia.org/wiki/チンギス・カン
アジア全域から集められた2000人以上の男性の血液サンプルを採取しDNAを抽出。 分析の結果、対象サンプルの多くがある同一の家系に属していることが判明した。
対象の8%にほぼ同一のマイクロサテライト(DNAの短い配列の繰り返し)が見られた。
考えられるのは彼らには同じDNAを持つ共通の祖先がいるということ。 その祖先がどの時代の人物かを割り出すと、およそ1000年前で、さらにその遺伝子の発祥地はモンゴルであることも判明した。
モンゴルで同一の遺伝子集団が多く見られたこと、また時代を考慮すると、その祖先とはチンギス・ハンである可能性が高いという。
世界の3200万人がその遺伝子を引き継いでいると結論づけた。
第二次ブルガリア帝国
世界最小は東周だった
部下「子供や孫と馬に乗ったりする時間ですかね」
チンギス「夫の前で妻を犯すことにきまってんやろガイジが」
部下「えぇ…」
つよい(確信)
なんや、エロゲーマーやったか
頼むで
2位 清 3億8100万人(36.6%)
3位 ローマ帝国 7000万人(35%)
4位 マウリヤ朝 5000-6000万人(33-40%)
5位 マケドニア帝国 5000万人(30.3%)
議会「可決」
英国議員「よっしゃじゃあ分捕れ」
やっぱ二枚舌やん
利益の問題でだろう?
清に仕掛けるんだから。
東洋人に情けをかけていたとは思えないな。
中国が怖かっただけやで
勝ち始めたらみんな賛成に回った
清は初めの皇帝6人が連続で有能やったからな
清は満州枠じゃないんか?
漢民族以外中国じゃないわけじゃないやろ
元だって中国史やで
絶対まずい
ハギスじゃないので有能
味はわからんから・・・

【イチオシ】次元の違うアクションRPG!マーベル映画のヒーローで最強のチームを作ろう!!!
引用元: http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1462704224/

◆こいつチートだろ、っていう歴史上の人物と何したか書いてけ
◆本当に桁外れだった人物を挙げろ
◆歴史上人物の名言をネットスラングっぽくすると心に残らない
◆【画像】古写真見ると江戸時代の島津家の姫様が可愛かった
◆戦前の本に載ってた「恋愛成功の心得」を淡々と貼っていく
◆【画像あり】江戸時代に出版されたアメリカ建国の歴史の内容が超展開すぐるwww
◆淡 々 と 風 刺 画 貼 っ て い く
◆【画像あり】戦時中のポスターとかってなんかいいよね
◆「大正大震災大火災」(大正12年刊)って本を買ってきたのでうp
◆【画像あり】犯罪図鑑がやばいwwwww





























































































1 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 02:06 ▼このコメントに返信 やっぱりブリカスがナンバーワン!
2 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 02:07 ▼このコメントに返信 ブリカスうんち漏れてるぞ
3 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 02:26 ▼このコメントに返信 やっぱ昔のムスリム国家は有能だったんだなあ
今じゃ油以外見る影も無いカスだけど
4 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 02:39 ▼このコメントに返信 >>275はエイリアンの吐瀉物か何か?(すっとぼけ
5 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 02:49 ▼このコメントに返信 アメリカが1000万㎢近くあるだろと思ったが帝国じゃなかったわ
6 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 03:27 ▼このコメントに返信 ウマイヤ朝好き
後ウマイヤ朝はもっと好き
あの時代のイスラム世界の隆盛はロマンに溢れていて本当に面白いわ
まあその繁栄も現代と同じように、クソみたいな仲間割れで衰退に向かうんですけどね
7 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 03:31 ▼このコメントに返信 >227
元も清も北方遊牧民族が南下して建国した現地政権やぞ
その理屈やと大英帝国時代の東南アジアも全部「イギリス史」やなくて「インドネシア史」「フィリピン史」になるやろが
中国様だけ特別扱いで、異民族は蛮族やからノーカウントなんか?
8 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 03:48 ▼このコメントに返信 古代朝鮮が入ってへんやんけ
どアホ
9 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 03:55 ▼このコメントに返信 大日本帝国は広すぎだと思ってたけどこの地図で見ると雑魚もいいとこだな
10 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 03:59 ▼このコメントに返信 ※8
それって帝国じゃないだろ
スレタイくらい読もう!
11 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 04:21 ▼このコメントに返信 ※9
支配してた海上面積だと何位くらいなのかね。支配の定義が難しいけど
12 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 04:27 ▼このコメントに返信 イギリスはオーストラリアだけは手放すべきじゃなかったと思う
資源があれだけある国なのに
13 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 04:29 ▼このコメントに返信 米8
ウリナラファンタジーなら他所でやってどうぞ
ドアホ
14 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 04:31 ▼このコメントに返信 これ見てると、ISISとか笑えないだよな
結局帝国を作りたいんだろ?
15 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 04:42 ▼このコメントに返信 中国の歴史と言う時は、土地の歴史をさす事が多い
国や民族はしょっちゅう入れ替わってるので間違えないように
16 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 04:47 ▼このコメントに返信 ※7
その理屈なら日本も大和民族の歴史とかにしなあかんのちゃうか
少なくとも今の政治体制から見てどう言えるかのはなしでしかないやろ
17 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 05:00 ▼このコメントに返信 中国、イスラム、産業革命後のヨーロッパ
あとたまにロシアとか日本とか
このあたりはいまだに世界の中で存在感がある
マケドニアとかは古くてロマン
18 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 05:51 ▼このコメントに返信 韓国で落とすと思ったらマジ記事だったw
19 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 06:20 ▼このコメントに返信 植民地・属国の扱いが何とも言えんな
20 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 06:23 ▼このコメントに返信 有史以来世界制服した国家は無いんだな
21 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 07:01 ▼このコメントに返信 ブリカスはサイヤ人以上の戦闘民族やからなあ
殺して奪うは日常茶飯事よ
22 名前 : 部屋と乳出しチョゴリと私投稿日:2016年05月19日 07:06 ▼このコメントに返信 >>8
エラはり釣り目パンスト顔のトンスラーは万能壁画にでも世界地図描いて
ホルホルしとけ
23 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 08:25 ▼このコメントに返信 ISISはウマイヤ朝の領土が目標らしいからなあ
24 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 08:30 ▼このコメントに返信 どうせ監視されてんだから、大韓帝国で落としてやれよwww
25 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 09:43 ▼このコメントに返信 ロマンは感じるわ
26 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 10:51 ▼このコメントに返信 なぜこのランキング
植民地いれちゃうの???????????
植民地いれるなら
イスラムや中国に臣従してた国めちゃくちゃあるのにそっちは入ってない
植民地いれると領地の定義がものすごく曖昧になんだよ
27 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 10:59 ▼このコメントに返信 日本でさえこれだから、ブリカスの闇はどれだけ深いんだか怖い。
28 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 12:13 ▼このコメントに返信 ウナギのゼリー寄せがすべてを持って行った
29 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 15:18 ▼このコメントに返信 元があってモンゴル帝国もあったり、
ウマイヤ朝アッバース朝もあってイスラム帝国もあるとか、区分の仕方がおかしくなーい?
30 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月19日 19:17 ▼このコメントに返信 中国の怖いところは、他民族が支配する形になってもその国を中国文化に染まらせる、ウイルスめいた力を持っているところだわ
31 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月20日 02:06 ▼このコメントに返信 ブリカスほんま凄いわ
真のゲス極は違うな
32 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月20日 03:48 ▼このコメントに返信 このランキングで今でも存続してる国だと
1位イギリス、ロシア、スペイン、フランス、ポルトガル、ブラジル
で、日本は7位?意外と凄いな
33 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月20日 20:00 ▼このコメントに返信 ※30
そのウィルスすら駆逐する共産主義は世界最悪のウィルスだな。
34 名前 : 暇つぶしの名無しさん投稿日:2016年05月20日 23:17 ▼このコメントに返信 ※29
全然おかしくない
モンゴル帝国は皇帝が全域を支配してる一つの国だった
元の時代は一応形式上元がモンゴルの本家みたいな扱いだけど
実際は他の旧モンゴル帝国領が独立状態になって連合王国に近い
あとイスラム帝国はカリフを合議制で選んでたけどウマイヤ朝では世襲制
このウマイヤ朝の扱いを巡ってスンナ派とシーア派に分かれたから基本別物扱い
それにウマイヤ朝とアッバース朝はカリフの血統が違う
35 名前 : 名無しのリーク投稿日:2016年07月30日 23:08 ▼このコメントに返信 香川県ルー餃子のフジフーヅはバイトにパワハラの末指切断の重傷を負わせた犯罪企業